ハイフェッツは常々生徒に言っていたそうです。「楽器を演奏する上でまず初めに注意を向けなればならないものは・・・」
みなさんなんだと思いますか?
それは「リズム」です。次に「トーン(音)」そして「音程」・・・その後その他の無数の事項。リズムに注意を向けるということは、何拍子で書かれた曲であるとか、それぞれの音符の正確な長さを知るという事だけではありません。書かれた音符群の中に隠れている「構造」と「抑揚」を見つけていく(あるいは創っていく)こと、いってみれば書かれた曲の中に「言葉」や「センテンス」を探して行くことです。

「音楽を演奏するということはストーリーを語ることである。」こんなことを言われたら皆さん戸惑うでしょうか?目の前にある膨大な音符は克服すべき音の羅列であり、機械のように正確に、全ての音を均一に捉える事だけが演奏だと考えるのとは大きな違いです。そこには、はっきりと見えるようには書かれていませんが「言葉」があり「センテンス」があります。言葉を話すことを含め、あらゆる人間の活動を駆動するにはリズム・パターンが必要で、そこには「準備」「強調」そして「解放」が存在しています。アルカンターラ氏はプロソディ(韻律学)のアイディアを使って音符のグルーピングや方向性を捉え、それを通して音楽を理解し、また演奏する上での「良い身体の動き」と同期させて行く方法を示してくれてます。

かつての優れた音楽家達はこのような事を当たり前のように理解し、演奏していたように思います。ハイフェッツ、カザルス、ルービンシュタイン、リパッティ、プリムローズ、シュターカー・・・
僕が学生の頃はニューヨークにはそういうことを教えてくれる巨匠がまだ何人もいました。かつてカザルスと何度も共演していたベーシスト、ジュリアス・レビン先生。ナタン・ミルシュタインやジノ・フランチェスカッティなどから絶大な信頼を置かれていたピアニスト、レオン・ポマーズ先生など・・・毎週当たり前のようにレッスンを受けていたその頃はその有り難みが分からなかったのですが、今思えばとても幸運なことだったのだと思います。いつの頃からこのような視点で楽譜を読み、音楽を聴き、感じられる音楽家が減ってしまったんでしょうか・・・その議論についてはいずれまた。

アルカンターラ氏とのレッスンは毎回視点が新しく、音楽的で、クリエイティブで素晴らしいものです。彼のレッスンで扱うサブジェクトはもちろんリズムだけでなく(何を学ぶにもこれなしでは話が始まりませんが)「倍音」を含めた音の話など、到底ここでは語り尽くせません。しかし常に一貫している主題は、自分は一つの総合体で分けることは出来ないこと、また重要なことは世の中のあらゆる状況に対し(その状況自体を変えようとすることよりも)自分がそれにどう反応し、判断し、(次の行動を)選択するかである、ということのような気がします。
最後に、アルカンターラ氏は彼の著書 ”Integrated Practice”の中でこのようなことを言っています。「リズムとはコーディネーションである、コーディネーションとはパーソナリティーである、つまりリズムとはパーソナリティーである・・・」

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