Hisaichi CD Pic (Face)だいぶご無沙汰してしまいました。
この夏はCD”Estampa”に始まり終わった夏であった、と言っても過言ではありません。もちろん軽井沢音楽祭での講習会の事、福島や下関でのコンサートなどなど、他にも沢山の重要な出来事がありましたが、それについては後々書いていきますね。

僕にとってはこのCD制作プロセスの全てが始めての経験でしたが、とても興味深く得るものの多い貴重な体験でした。そのため一方で多くの”常識”を知らなかったため手続き等に時間がかかり、沢山あった日本でのコンサートの殆どに間に合わず、最後のコンサートの朝にやっとCDが到着するという、バタバタ、 モンモン、ヒヤヒヤの一ヶ月半でした。というのも、例えばここに集めた曲目は20世紀ラテン・アメリカの作曲家たちによるヴァイオリンとピアノのための小品ばかりで、曲数も多くそれぞれの著作権がどこに依存しているかを調べるだけでも一苦労だったのです。

録音の現場での実際の演奏に関する演奏家同士のやりとりは勿論、音響エンジニアとの音そのものに関するやりとりや意思決定は、自分の耳、音に対するセンス、音楽性、全てが試される、それ自体が音楽的なプロセスだと感じました。昔のSPレコード時代の音と現代のCDの音、そしてそれらに明らかに影響を受けないではいられない楽器の演奏方法に関することまで、深く考え研究することのできる良い機会となりました。そして良い録音を残すのにも沢山の経験と、良い耳を持った音響エンジニアや共演者との出会い、信頼関係などが必要不可欠なのだとも感じました。

多くの方々の御協力を得てやっと”音楽家らしいこと”の一つが出来ましたこと、大変感謝しています。演奏もプロデュース能力もまだまだですが、収録された作品たちはどれも作曲家によって素直に歌われた美しい音楽ばかりで、またあまり他に録音がないものばかりですので、これを機会にぜひみなさんに聞いていただければ幸いです。特にこのCDのタイトルにもなっているEstampaはまだ楽譜も出版されておらず、アルフレッド・ディエス・ニエト先生の手書きの楽譜を勉強するところから始まりました。そして以前ブログに書きましたが、先生の母国キューバで直接お会いしご指導いただけたことは、何にも代え難い素晴らしい体験でした。先生は現在96歳、まだまだ製作意欲は衰えず大変お元気です。

ただアルフレッド先生の弟であるヘルマン・ディエス先生(享年90歳)がこの夏7月の初めに天国へ旅立たれてしまい、完成したCDをお聞かせすることができなかったのは本当に残念なことでした。20世紀を代表するピアニストの一人であったクラウディオ・アラウ氏の最も信頼するアシスタントとして数多くの弟子を育て、真に”良い音楽、良いピアノ奏法の伝統”を知る、近年においては数少ない貴重なピアニストで指導者でした。今回CDで共演していただいたピアニストの森川実千代さんの師匠でもあります。長年ニューヨークにお住まいになり数々の音楽大学で教えられ、僕もここ数年同じ音楽学校で働かせて頂き、時々自分の演奏を聴いて頂いていました。今回収録した曲の演奏に対しても沢山の貴重なアドヴァイスやインスピレーションを頂きました。偉大な伝統に少しでも触れさせていただいた者の一人として、それらを次に伝えていかなければならない責任があると今感じています。